日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。隔週月曜日にお届けします。


 三重県松阪市にある、松浦武四郎の生家を見に行ったときのこと、思いがけず懐かしい語と再会した。
 松浦は幕末から明治にかけて、当時蝦夷地と呼ばれていた北海道に再三調査のために渡り、紀行文や地図を数多く残した人物である。明治維新後、蝦夷地開拓御用掛として新政府から蝦夷地に代わる名称を考えるよう依頼され、松浦が提出したいくつかの候補の中から「北加伊道」が取り上げられ、これが後に「北海道」となった。
 懐かしい語といっても、特別な思い入れのある語ではない。若いときに小説の中で出会って、長い間意味がわからなかった語である。松浦の実家はきれいに保存されていて、その厨房の壁に「主な伊勢弁(松阪弁)」という表が貼られていた。その表の中でその語を見つけたのである。
 「かいだるい」という語なのだが、私は学生時代に横光利一の『王宮』(1938年)という短編小説を読んでいて、その語と出くわした。それは冒頭に出てくる。

 「もの憂くてかひ怠い。歌も聞こえない。午前だのにもう午後のやうである」

 「かひ怠い」などという語を見たことも聞いたこともなかった私は大いに悩んだ。そもそも「もの憂くてかひ怠い」は、一体どこで切れるのかと。「もの憂くてか/ひ怠い」とも思ったが、変である。「ひだるい」という語は知っていたが、空腹であるという意味の語が唐突に使われるわけがない。「もの憂くてか」も意味が通らない。手元の国語辞典を引いても、「かひ怠い」はどれにも載っていなかった。
 この語が、方言だと知ったのは、『日本国語大辞典(日国)』の編集をするようになってからである。横光は「かひ怠い」と書いているが、現代仮名遣いでは「かいだるい」である。
 松浦武四郎誕生地には伊勢市内の小学校で校長をなさっていたかたと訪ねたのだが、「かいだるい」は三重のあたりではよく使う方言だという。その場にいたスタッフも即座に同意していた。
 「かいだるい」は、『日国』には、「かいなだるい(腕弛)」の変化した語として立項されている。「かいな」つまり「腕」がだるいということが原義で、身体や身体の一部が疲れてだるいという意味になったようだ。そこで引用されている例から推測すると、室町時代から江戸時代にかけて多く使われた語らしい。
 この語の変化した語が「かったるい」で、この語だったら私はよく使う。さらに変化した「けったるい」と言うこともある。
 ところで、なぜ横光利一が「かいだるい」を小説の中で使ったかである。横光は福島県東山温泉の生まれだが、幼年時代は父親の仕事の関係で各地を転々としている。比較的長く過ごしたのは、滋賀の大津と母の生家のあった伊賀(現・三重県)の柘植(つげ)である。まさに、「かいだるい」を使う地域で育ったわけだ。
 横光が『王宮』を書いたのは40歳前後のことである。幼少期に育った土地のことばが、自身の語彙として残っていて、何かの拍子に方言とは気づかずに無意識で使ったのかと思うとなんだかおもしろい。

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第493回
 

 友人からなんと読むんだろうと聞かれたのが、今回のタイトルの語である。素直に読めば「りっぱやか」、でもそんな単純な読み方でいいのだろうかと不安になった。そのような語は、聞いたことも見たこともなかったからである。
 だが、『日本国語大辞典(日国)』を引いてみて驚いた。りっぱに立項されているではないか。おのれの不明を恥じるしかなかった。
 『日国』によれば、いかにもりっぱな感じがするさまという意味の形容動詞で、「やか」は接尾語である。三代目春風亭柳枝の落語『大黒』(1892年)と大辻司郎『漫談集』(1929年)という用例もある。
 友人がこの語を見つけたのは牧野信一の『泉岳寺附近』(1932年)という短編小説で、次のように使われている。

 「骨董品のやうな重味を持つた立派やかな太鼓で、胴には朱色の房が結ばれ、皮には金泥に漆黒の巴印の紋章が浮んでゐた」

 実はこの語は『日国』にしか載っていない。「やか」という接尾語は、『日国』によると、

 「(「や」と「か」とを重ねたもの)名詞、形容詞語幹、擬声語など、状態を表わすことばに付いて、形容動詞語幹を構成する。それ自体ではないがそれに近いこと、その状態そのままではないがそれに近い状態であることを表わす。いかにも…である感じがするさま。「はなやか」「きわやか」「あざやか」「おだやか」「こまやか」「ささやか」など」

だという。この語釈の中に例として挙げられている「はなやか」以下の語は、もちろん私だって知っている。だが、「立派やか」に関しては、知らなかったから言うわけではないが、どこか据わりが悪い気がしないでもない。
 『日国』で接尾語「やか」の付く語を検索してみると、数え間違えていなければ166語ある。その中には、美しいさまをいう「うつやか」、くっきりしているさまをいう「くきやか」、あざやかなさまをいう「けややか」などといった聞いたことのない語もある。江戸や明治の用例もあるので、かつては使われたが、次第に忘れ去られてしまったものと思われる。
 「立派」という語は、『日国』によれば、「おごそかで美しいこと、あるいは、すぐれていること。見事なこと。また、そのさま」という意味である。これに「やか」を付けて、りっぱな感じがするさまという意味で使ってはみたものの、単に「りっぱ」と言った方が対象を強調した意味合いになるので、「りっぱやか」は廃れてしまったのかもしれない。「うつやか」「くきやか」「けややか」なども同様だったのだろうか。
 ただ、『日国』で引用した「りっぱやか」の例は2例のみだが、探してみると、牧野信一のほかにも泉鏡花、三上於菟吉、江戸川乱歩、山口瞳などの使用例がある。
 「やか」はそれほど造語力が強いわけではなさそうだ。だが、おいしいという意味で「うまやか」とか、楽しいという意味で「たのやか」とか、いくらでも新しい語が作れそうな気がする。そんな語を考えてみるのもおもしろいかもしれない。もっとも、時間の無駄でしかないかもしれないが。
 ちなみに牧野信一の『泉岳寺附近』は、赤穂浪士の墓がある泉岳寺前の居酒屋「陣太鼓」の息子、尋常小学校五年生で、わんぱく坊主で悪ガキで、ガキ大将の守吉少年が主人公である。守吉は、仲間を集めての討ち入りごっこが大好きで、店の看板である大事な陣太鼓を持ち出して討ち入りのまねごとをしては父親にしかられていた。「立派やかな太鼓」がその陣太鼓なのである。『泉岳寺附近』は短い作品ながら、悪ガキに振り回される大人たちの姿が活き活きと描かれた作品である。

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 先ごろ発表された文化庁の2021年(令和3年)度「国語に関する世論調査」の中に、比較的新しい表現について、それを使うかどうかという質問項目があった。「ちがくて」「あの人は走るのがすごい速い」「あの人みたくなりたい」「なにげにそうした」「半端ない」「ぶっちゃけまずい」「見える化」の各表現である。
 私の場合、これらの中で「ちがくて」は使わないが、それ以外の6語については、親しい人との会話なら使うことがある。
 実際の調査の結果はインターネットで公開されているので、詳しくお知りになりたければそちらをご覧いただきたい。
 私の方はそれぞれの表現について、“辞書編集者”らしい解説を少しだけ施そうと思う。
 まず、私は使わない「ちがくて」。「昨日と言ってることがちがくてびっくりした」などと使う。これは動詞「違う」から生まれた語だが、その連用形「違い」が、「美しい」などのような形容詞と同じように「い」で終わる形をしていることから、「違くて」「違くない」「違かった」などの形で用いられるようになったと考えられている。文法的には破格だが、それが理由で私は使わないわけではない。なんとなく子どもっぽい表現に思えるからである。
 次の「すごい」は形容詞である。だが、「あの人は走るのがすごい速い」の「すごい」は副詞的に使っている、これを副詞とするか形容詞とするかは意見が分かれている。同様の語に、「H先生はえらい博識だ」などと言うときの「えらい」がある。
 「みたく」は、助動詞「みたいだ」の語幹「みたい」を「い」の形になることから形容詞と考えて、形容詞型に活用させた語である。『辞典〈新しい日本語〉』(井上史雄・鑓水兼貴編)に拠ると、「東北・北関東では昔からのことばで、北から東京に入ってきた」という。
 「なにげに」は、副詞の「なにげない」から生じた語である。「なにげない」の「ない」は、形容詞や形容動詞の語幹などに付いて形容詞をつくり、その意味を強調する働きをする接尾語である。「あどけない」「切ない」の「ない」と同じである。「なにげに」は、「なにげない」の「ない」を否定の形容詞と考え、「ない」は本来省略できないにもかかわらず省略して「に」に変え、副詞としたものと考えられる。ただし、これについては諸説ある。『岩波国語辞典』は、「なにげに」は「一九八五年ごろからの誤用から広まった」としている。“誤用”だったのだろうか・・・
 「半端ない」は、2018FIFAワールドカップがロシアで開催された際に、初戦コロンビア戦で活躍した大迫勇也選手に対して、「大迫半端ない」という称賛が起こり広まった。ただ、「半端ない」はもともと2009年の高校サッカーで大迫選手が所属する鹿児島城西高に負けた滝川二高の選手が、「大迫半端ないって。あいつ半端ないって」と言ったことから、ファンの間で大迫が試合で活躍したときに使われる称賛のことばだったらしい。
 「ぶっちゃけ」は、俳優の木村拓哉さんが2003年に放映されたテレビドラマ「GOOD LUCK!!」で使ったことから一般化したと考えられている。「ぶっちゃけ」は「ぶちあける(打明)」を強めて言った「ぶっちゃける」の名詞化である。本当のことを言うと、といった意味である。
 「見える化」は、「可視化」と意味は近いが、特に企業活動で、業務の流れを映像や図表などによって誰にでもわかるように表すことを言う。1998年にトヨタ自動車の岡本渉 (わたる)氏 が発表した「生産保全活動の実態の見える化」に登場してから次第に広まったと考えられている。
 それぞれの語は成り立ちや意味も異なり、「国語に関する世論調査」でも使う使わないの割合も異なる。だが、いずれも定着しそうな語で、俗語ではあるが多くの辞典に載りそうな語だと思われる。

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 私が編集にかかわっている『日本国語大辞典(日国)』では、インターネットで読者に用例の提供を呼びかけている(「日国友の会」)。あるときそこに投稿された用例に目を通していて、とてもうれしい用例を見つけた。「いわし鍋」という語の用例である。
 イワシを使った鍋が好きなのかと思われそうだがそうではない(イワシは好きだが)。「いわし鍋」とは、イワシを煮た臭いは鍋に残ってなかなか消えないところから、縁の絶ちがたい間柄をいう語である。「いわし煮(に)た鍋」とも言うらしい。
 「日国友の会」に投稿された例は、曲亭馬琴作『南総里見八犬伝』の次のような例だ。

「和主(わぬし)と己等(おら)は鰯鍋(いはしなべ)、内証の事には蓋をして、移香立ぬ術(すべ)もあらん」(第四輯・第三十四回)

 この「いわし鍋」は、どう見ても鍋料理ではない。『八犬伝』の登場人物の関係を述べると長くなるので省略するが、山林房八が八剣士の一人犬田小文吾との関係を述べているところである。縁の絶ちがたい間柄、すなわち腐れ縁であると。
 実は「いわし鍋」も「いわし煮た鍋」も、国語辞典では『日国』にしか載っていない。しかも「いわし鍋」の方は、方言項目で、解説は「いわし煮た鍋」に委ねられている。「いわし煮た鍋」は江戸時代の例が4例引用されていて一般語扱いだが、方言欄もある。そこでは以下のように説明されている。

 「遠縁の親族。《いわし煮た鍋》盛岡†054 秋田県鹿角郡132 新潟県361 《いわしなべ》茨城県稲敷郡062 北相馬郡195」

数字は方言項目の元になった各地の方言資料の出典番号で、†は近世の資料であることを示している。
 『八犬伝』の例がうれしいというのは、「日国友の会」に投稿される用例は、近世以前の例は比較的珍しく、しかもこの例は『八犬伝』のような有名作品の例だからである。そしてこの例により、「いわし鍋」は「いわし煮た鍋」と同じように用例付きの一般語扱いとなり、方言扱いではなくなるのである。このようなことはそう多くない。
 ところで、「いわし鍋」「いわし煮た鍋」ともに、その臭いのせいで生まれた語だといえる。そのせいだろうか、平安時代の貴族はイワシを下賤の者が食べるものとして食さなかったようだ。以下は、それに関していささか蛇足である。
 鎌倉中期の説話集『古今著聞集』には、平安後期の政治家で音楽家だった藤原師長(もろなが)が、弟子の藤原孝道(たかみち)が言いつけにそむいて参上しなかったときに、麦飯にイワシをおかずに付けて食べさせたという話が載っている。下賤の者が食べるイワシを食べさせて、懲罰として屈辱感を味わわせようということのようだ。もっとも、孝道は空腹だったのでそれをペロリと平らげて、なんの効果もなかったようだが。
 時代が下るとイワシの地位は変わってくる。『猿源氏草紙』という室町末期の御伽草子には、こんな話が載っている。和泉式部がイワシを食べているところに夫の藤原保昌(やすまさ)が来たので、和泉式部は恥ずかしく思って、うろたえてイワシを隠したというのだ。保昌から、何を隠したのかと強く問われた和泉式部は、石清水八幡の託宣の歌を用いて、日本で大切に祭られている石清水八幡宮に参らない人はないと思われるように、日本で大切にもてはやされているイワシを食べない人もいないでしょうと答えたのである。これを聞いた保昌は、イワシは肌をあたため、ことに女性の顔色をよくする「薬魚(くすりうお)」だから、召しあがったのをとがめたとは悪かったと言うのである。
 室町時代の御伽草子なので創作だろうし、平安中期に生きた和泉式部がイワシを食べたとは思えないが、この時代になるとイワシは「薬魚」だと認識されるようになったのかもしれない。おおいにその地位が上がったわけだ。
 二つの説話を読みくらべてみると、時代とともにイワシの地位が変化したことがわかりおもしろい。

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 「シーン」は、物音や話し声が聞こえず、あたりが静まりかえっているさまを表す語である。辞書の見出しは「しいん」だが、「シーン」と書かれることが多いかもしれない。ただここでは話の都合上、「しいん」と表記する。
 なぜ静まりかえったさまを「しいん」と表現するのか。音がしなくても空気の振動を鼓膜が感じて、そのように聞こえているからだという説があるらしい。だが真偽は別として、「しいん」という語自体は、鼓膜が感じる音を直接表現したものではないだろう。
 あたりが静まりかえっているさまを表す語は、古くから、「しいん」の他にも、「しん」「しんしん」「しんかん」などがあるからだ。「しいん」「しん」は漢字で書かれることはないが(「蕭然」「寂然」などに「しん」とふりがなを振った例はある)、「しんしん」は「森々」「深々」、「しんかん」は「深閑」「森閑」と書かれる。いずれも「しん」で共通するので、何らかの関係があるのかもしれない。
 『日本国語大辞典』によれば、「しん」と「しいん」では、「しん」の例の方が古い。

 *俳諧・毛吹草〔1638〕一「春をしたへる哥や案ずる お座敷は三月しんとしづまりて」

 春を慕う歌をあれこれ考えていて、3月の座敷は静まりかえっているという意味だろう。
 「しいん」の方は、『日国』を見る限り、大正になってからの例が最も古い。

 *末枯〔1917〕〈久保田万太郎〉「四辺(あたり)はシインとして来る」

 後発の「しいん」は、「しん」を強調して生まれた語だろう。
 「深々」は、『日国』によれば、「奥深く静寂なさま。ひっそりと静まりかえっているさま。森森(しんしん)」とあり、

 *平家物語〔13C前〕二・一行阿闍梨之沙汰「冥々として人もなく、行歩(かうほ)に前途まよひ、深々として山ふかし

の例が最も古い。
 ただ『平家物語』のこの例は、解釈が分かれている。『日国』で使用した『平家物語』の底本は、岩波書店の「日本古典文学大系」で、この本文は龍谷大学本によっている。大系本ではこの「深々」の頭注に、「正しくは森々か。樹木が生い茂ること」とある。
 龍谷大学本は、南北朝期の代表的な琵琶法師覚一が書き遺した、覚一本と呼ばれる語り本系の伝本である。
 覚一本は広く読まれたようで、小学館の『日本古典文学全集』も同じ覚一本系の高野本(東京大学国語研究室蔵)を底本にしている。こちらも「深々として山ふかし」だが、やはり頭注に板本の元和版が「森々」なので、「ここは『森々』か」とある。
 つまり、底本のまま「深々」と考え、「奥深く静寂なさま、ひっそりと静まりかえっているさま」の意味だとする『日国』と、「深々」ではなく「森々」が正しく樹木が生い茂っているさまという意味ではないかとする大系や全集と、異なった二つの解釈があるわけだ。
 『日国』の用例部分にかかわった者としてひと言述べさせていただくと、『日国』では基本的に誤記説は採らない。底本の表記を尊重するようにしているのだ。従ってこの場合は底本通り「深々」と判断する。
 またこれは素人考えながら、『平家物語』のこの例は、真っ暗なので人もなく、行く手もわからぬ道をさまよい歩いて行くということである。だとすると、「森々として山ふかし」で山は樹木が生い茂って深いと解釈するよりも、山はひっそりと静まりかえって深いと解釈した方がよさそうな気がするのだがいかがだろうか。
 また、「森々」は、樹木が高く生い茂ったさまをいうが、「深々」と同じように、あたりがひっそりと静まりかえっているさまを表すこともある。『日国』にはその意味の例も3例引用されている。「深々」「森々」は音が同じこともあって、意味が交錯しているのだろう。
 そして興味深いのは、「深」「森」という漢字には、元来「しずか」という意味はないことである。やはりひっそりと静まりかえっているさまを表す「森閑」「深閑」という語はあるが、これは「閑」が「しずか」という意味である。
 「しん」「しいん」がなぜ「しずか」という意味になったのか、俳諧『毛吹草(けふきぐさ)』ではないが、考えれば考えるほど「しんとしずまり」かえってしまいそうだ。

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