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  11. とはずがたり

とはずがたり

ジャパンナレッジで閲覧できる『とはずがたり』の日本古典文学全集のサンプルページ

新編 日本古典文学全集
とはずがたり
とはずがたり
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【現代語訳】
〔一〕 
一夜のうちに立春となったことを告げる霞を、今朝はあたかも待ちかまえていて出仕したかのように、女房たちは華やかに着飾り、妍を競って並んでいるので、わたしも人並に御所に出仕した。その時の衣装はつぼみ紅梅だったか、七つ襲に紅の袿、萌黄の上着、赤色の唐衣などを着ていたのであろうか。梅唐草を浮織にした二つ小袖に、唐垣に梅を縫ってあるのを着ていた。

今日の御薬の役として、父の大納言がお給仕に参上される。表向きの儀式が終ってから、特にまた内へ召し入れられて、台盤所の女房たちなどをお召しになり、例のごとく体もふらふら傾くほどの酒宴が催されたが、父は三三が九というわけで、公の儀式でも九返りの献盃であったので、「また内々のお盃事でも、同じ数で」と申されたが、御所様は、「今度は九三としよう」と仰せられて、まったく上の者も下の者もひどくお酔いになった後、御所様がお盃を父にくだされる際に、「今年の春からは、『たのむの雁(そなたの娘)』もわたしのほうに寄せてくれよ」と仰せられて下賜される。父はひどくかしこまって、九三をご返盃し

【目次】
とはずがたり(扉)
凡例
とはずがたり(扉)
巻一
梗概
〔一〕後深草院と父大納言雅忠との密約
〔二〕雪の曙からの恋文と贈物が届く
〔三〕河崎の邸に里下がり、後深草院の御幸
〔四〕後深草院との新枕、つれなくして過ごす
〔五〕御深草院の後朝の手紙、雪の曙の慕情
〔六〕後深草院、ふたたび来訪、解けぬる下紐
〔七〕院に伴われて御所へ 身の置き所のなさ
〔八〕院の寵愛と人のさがない物言い
〔九〕東二条院の御産 姫宮、遊義門院の誕生
〔一〇〕人魂の出現――後嵯峨法皇の病
〔一一〕後深草院、父の後嵯峨法皇を見舞う
〔一二〕後嵯峨法皇の崩御――天下諒闇
〔一三〕父大納言、出家を望むが許されず
〔一四〕父大納言の発病 二条、院の御子を懐妊
〔一五〕父重態の知らせに里下がり 後深草院の来訪
〔一六〕後深草院、二条の庇護を父に約束する
〔一七〕着帯の喜びと父からの戒めの言葉
〔一八〕父の終焉 神楽岡の野辺の送り
〔一九〕家司仲綱の出家、御所からの弔問
〔二〇〕雪の曙の弔問とこまやかな文のやりとり
〔二一〕四十九日の供養 乳母の家へ方違え
〔二二〕心のほかの新枕――雪の曙の来訪
〔二三〕雪の曙との密会、乳母の家の騒がしさ
〔二四〕白き色なる九献――打ち解ける二人
〔二五〕母方の祖母の死――涙しぐれて濡るる袂
〔二六〕醍醐の尼君のもとへ 後深草院の来訪
〔二七〕雪の曙、冬の山里にふいに訪れる
〔二八〕雪の曙を、喜び迎え入れる尼たち
〔二九〕乳母の迎えで帰京――栄えなき年の初め
〔三〇〕二月、後深草院の皇子を無事に出産
〔三一〕院の不信を買う 密会中の思いがけぬ夢
〔三二〕見し夢のなごり――雪の曙の子を宿す
〔三三〕重き病と偽って里居 雪の曙が付き添う
〔三四〕女児誕生 院には流産と偽り、里子へ
〔三五〕皇子の夭折、西行を想い、出離にあこがれる
〔三六〕東二条院への出入り禁止、前斎宮上洛
〔三七〕後深草院の弁護を受ける
〔三八〕桜に見まごう前斎宮 後深草院の恋情
〔三九〕前斎宮との恋の取持ち 折りやすき花
〔四〇〕酒席での管絃の遊び、後深草院の今様
〔四一〕東二条院の嫉妬 院のとりなしの手紙
〔四二〕前斎宮に対する院の冷たい仕打ち
〔四三〕年の暮れの雪の曙との忍び逢い
巻二
梗概
〔一〕物思わしき春 父大納言をしのぶ
〔二〕粥杖事件――院の悪ふざけに仕返しする
〔三〕院と諸卿、二条の罪科を論ずる
〔四〕四条家からの贖い
〔五〕西園寺家からの贖い
〔六〕院の贖い
〔七〕後白河院御八講――有明の告白
〔八〕両院の蹴鞠の後
〔九〕六条殿長講堂供養と壺合
〔一〇〕病気の院の延命供
〔一一〕道場のそばの忍び逢い
〔一二〕六条殿の供花と伏見の松茸狩り
〔一三〕院の上の空なる恋
〔一四〕三年越しの恋の顛末
〔一五〕ささがにの女
〔一六〕隆顕の策略――出雲路での一夜
〔一七〕有明の月の不吉な起請文
〔一八〕小弓の負けわざ
〔一九〕鞠足姿で新院に酌す
〔二〇〕源氏物語の趣向 六条院の女楽
〔二一〕御所から行方をくらます
〔二二〕琵琶を思い切る
〔二三〕真願房の僧房に身を寄せる
〔二四〕隆親・隆顕父子の不和
〔二五〕隆顕とこもごも嘆く
〔二六〕雪の曙の訪れ
〔二七〕雪の曙と隆顕の打合せ
〔二八〕伏見に再び身を寄せる
〔二九〕雪の曙との娘が病気と知らされる
〔三〇〕院の来訪 御所に帰参する
〔三一〕病気の娘と対面する
〔三二〕近衛の大殿の同情
〔三三〕今様の伝授――院から中納言中将へ
〔三四〕筒井の御所の夜
〔三五〕近衛の大殿の懸想
〔三六〕伏見の旅寝
〔三七〕京に戻る
巻三
梗概
〔一〕有明の月、御所に参上する
〔二〕有明の月の口説きを、院が立ち聞きする
〔三〕有明の月の退出後、院に告白する
〔四〕院の使いで有明の月をたびたび訪れる
〔五〕院に促され有明の月のもとで夜を明かす
〔六〕院の五鈷の夢――有明の月の子を宿す
〔七〕雪の曙の訪れ――浅くなりゆく契り
〔八〕真言の御談義
〔九〕後深草院の計らい
〔一〇〕後深草院の嫉妬
〔一一〕着帯
〔一二〕九月の供花と扇の使い
〔一三〕法輪寺に参籠する
〔一四〕大井殿に召される
〔一五〕後深草院の御慶び
〔一六〕大井殿の御遊
〔一七〕亀山院の誘惑
〔一八〕亀山院の御慶び
〔一九〕東二条院の愁訴
〔二〇〕後深草院の訪れ
〔二一〕有明の月の子を産む
〔二二〕有明の月の訪れ
〔二三〕有明の月の鴛鴦の夢
〔二四〕有明の月の死
〔二五〕遺品の文箱が届けられる
〔二六〕色変りゆく院
〔二七〕有明の月の追善供養
〔二八〕有明の月の遺児を懐妊する
〔二九〕亀山院との噂
〔三〇〕有明の月の遺児を出産
〔三一〕嵯峨の彼岸懺法
〔三二〕兵部卿の文
〔三三〕御所を退く
〔三四〕閨怨をかこつ
〔三五〕有明の月の三回忌
〔三六〕祇園の桜の由来
〔三七〕北山の准后の九十賀
〔三八〕北山邸への行幸・行啓
〔三九〕御所のしつらい
〔四〇〕あじきなき晴着
〔四一〕参列の卿相たち
〔四二〕法会と舞楽
〔四三〕管絃の御遊
〔四四〕九十賀歌会
〔四五〕蹴鞠
〔四六〕妙音堂の朗詠
〔四七〕後深草院の文
〔四八〕池上の船楽
〔四九〕船上の連歌
〔五〇〕憂き身はいつも
巻四
梗概
〔一〕東国への旅立ち
〔二〕美濃国赤坂の宿・三河国八橋
〔三〕尾張国熱田の社
〔四〕富士の裾・宇津の山・三島の社
〔五〕江の島にて
〔六〕鎌倉へ入る――鶴岡八幡宮に参詣
〔七〕旅路に病む
〔八〕鶴岡八幡宮放生会
〔九〕将軍、京に流される
〔一〇〕廃将軍の生れ
〔一一〕新将軍下向
〔一二〕新将軍を迎える準備
〔一三〕新将軍到着
〔一四〕冬の入間川
〔一五〕年の瀬の感慨
〔一六〕善光寺参詣
〔一七〕野原の中の浅草観音
〔一八〕隅田川
〔一九〕鎌倉をあとに
〔二〇〕再び熱田に詣で、帰洛する
〔二一〕奈良の春日詣で
〔二二〕法華寺の縁者を訪ねる
〔二三〕中宮寺、当麻寺縁起
〔二四〕石清水八幡で院と再会する
〔二五〕人知れぬ形見
〔二六〕同じ袂懐かしく
〔二七〕熱田宮炎上
〔二八〕熱田宮の縁起
〔二九〕伊勢の外宮参詣
〔三〇〕度会常良との贈答歌
〔三一〕外宮参籠南天竺の枝
〔三二〕外宮より内宮へ
〔三三〕伊勢の内宮参詣
〔三四〕二見の浦、小朝熊の宮
〔三五〕後深草院からの手紙
〔三六〕荒木田尚良と名残を惜しむ
〔三七〕度会常良と名残を惜しむ
〔三八〕熱田神宮での経供養
〔三九〕伏見の御所に参る
〔四〇〕後深草院の疑いと、二条の誓言
〔四一〕後深草院の配慮
〔四二〕再び二見の浦へ出立
巻五
梗概
〔一〕西国への旅立ち
〔二〕世を逃れた遊女
〔三〕厳島神社の景観
〔四〕足摺岬の補陀落渡海伝説
〔五〕白峰・松山で、崇徳院をしのぶ
〔六〕松山での経供養
〔七〕和知の無法者
〔八〕江田に身を寄せる
〔九〕広沢の入道との贈答歌
〔一〇〕帰洛
〔一一〕東二条院の崩御
〔一二〕遊義門院の悲しみを思いやる
〔一三〕後深草院の発病
〔一四〕八幡参籠、西園寺を訪れる
〔一五〕西園寺実兼の計らい
〔一六〕後深草院の崩御
〔一七〕葬送の車を追う
〔一八〕遊義門院のご素服に往時を思う
〔一九〕天王寺へ参る
〔二〇〕後深草院の四十九日
〔二一〕母の形見を手放す
〔二二〕双林寺の懺法
〔二三〕春日社へ写経奉納
〔二四〕父の三十三回忌 勅撰に漏れた恨み
〔二五〕人丸御影供
〔二六〕父の形見を手放す
〔二七〕後深草院の一周忌、仏事聴聞
〔二八〕亀山院病む
〔二九〕那智での夢想
〔三〇〕帰洛、亀山院崩御
〔三一〕石清水で遊義門院の御幸に参り合せる
〔三二〕遊義門院に名乗る
〔三三〕遊義門院との贈答歌
〔三四〕後深草院の三回忌、御影を拝す
〔三五〕伏見の里の秋のあわれ
〔三六〕跋
解説
一 はじめに――「とはずがたり」の構成とその本文
二 作者とその背景
三 後深草院と時代背景
四 雪の曙――西園寺実兼の造型
五 有明の月と近衛の大殿
六 紀行編の特長と疑問点
七 おわりに
参考文献

付録(扉)
建礼門院右京大夫集年表
とはずがたり年表
とはずがたり人名・地名索引
建礼門院右京大夫集人名・地名索引
初句索引
奥付

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検索ヒット数 579
検索コンテンツ
1. とはずがたり
日本古典文学全集
後の南北朝の対立の萌芽が出始めていた頃、14歳でその一方の側の後深草院の寵愛を受けた女性――後深草(ごふかくさ)院二条が、深草院の寵愛を受けながら廷臣や高僧とも
2. トワズガタリ【とはずがたり】
全文全訳古語辞典
[書名]鎌倉後期の日記。後深草上皇に愛された二条(=源雅忠ノ娘)の著。十四歳で上皇の寵愛を受けて以来の恋の遍歴と、三十二歳で出家した後、西行の跡を慕って諸国を旅
3. とわずがたり【とはずがたり】
国史大辞典
』などに所収。 [参考文献]山岸徳平『とはずがたり』解題(『桂宮本叢書』一五)、次田香澄『とはずがたり』解説(『日本古典全書』)、松本寧至『とはずがたりの研究』
4. とはずがたり(とわずがたり)
古事類苑
人部 洋巻 第1巻 849ページ
5. とはずがたり[文献解題]広島県
日本歴史地名大系
五巻五冊 後深草院二条著 成立 徳治二年頃 写本 宮内庁書陵部 解説 中院大納言久我雅忠の女で後深草院に仕えて二条と称した女性の日記。第五巻に厳島参詣の旅
6. とはず-がたり【問はず語り】
全文全訳古語辞典
〔名詞〕人が尋ねもしないのに、自分から話すこと。 「あさましきことまで、問はず語りに言ひ出だす」〈徒然草・107〉(つつましいと見える女でも)あきれはてることま
7. あい‐べち【愛別】
日本国語大辞典
〔名〕「あいべつ(愛別)」に同じ。*とはずがたり〔14C前〕五「こぞの御あはればかりは、なげかれさせおはしまさざりしぞ、うたてきあいへちなるや」
8. あお‐やなぎ[あを‥]【青柳】
日本国語大辞典
いう、盗人仲間の隠語。〔隠語輯覧{1915}〕【二】「あおやぎ(青柳)【二】〔一〕」に同じ。*とはずがたり〔14C前〕三「呂(りょ)の歌〈略〉律 あをやなき」確
9. 赤坂(岐阜)
世界大百科事典
《平治物語》には源義朝の身がわりとなって佐渡式部大輔重成が赤坂の子安の森で討死したことがみえ,《とはずがたり》では赤坂宿に〈宿の主に若き遊女姉妹あり。琴・琵琶な
10. あかさかしゅく【赤坂宿】岐阜県:大垣市/旧多藝郡・不破郡地区/赤坂村
日本歴史地名大系
鎌倉時代以降、同じく東山道の宿駅であった青墓が衰退するのに代わって発展していった。鎌倉期の日記文学「とはずがたり」に、作者である二条が正応二年(一二八九)東国へ
11. あしがらやま【足柄山】静岡県:駿東郡/小山町
日本歴史地名大系
は七代将軍惟康親王の更迭と、下向する八代将軍久明親王の迎えの使者が足柄山を通る時の印象を「とはずがたり」に記している。建武二年(一三三五)一二月の箱根・竹之下の
12. あしずりみさき【足摺岬】高知県:土佐清水市/足摺村
日本歴史地名大系
これがいつしか「足摺」とも書かれるようになった。いつ頃から併用されるようになったかは不明だが、鎌倉時代の「とはずがたり」に補陀落渡海説話に関連して「泣く泣く足摺
13. あじ[あぢ]【味】
日本国語大辞典
の酒すそにかかれはあじに見へ」*人情本・春色梅児誉美〔1832~33〕三・一七齣「不問語(とはずがたり)の口占も、あじなせりふに、お蝶より奥で聞とるお由が胸へ、
14. あだちぐん【足立郡】埼玉県:武蔵国
日本歴史地名大系
受けた二条(大納言源雅忠の娘)が、正応二年(一二八九)一二月からしばらく小川口(現川口市)に滞在しており(とはずがたり)、東国巡遊の旅に出た歌人の尭恵が文明一八
15. あだちぐん【足立郡】東京都:武蔵国
日本歴史地名大系
この史料が現在唯一の用例である。文学では後深草院二条の正応二年(一二八九)末の小川口(現川口市)への逗留(とはずがたり)、尭恵の文明一八年(一四八六)における箕
16. あつたじんぐう【熱田神宮】愛知県:名古屋市/熱田区/宮宿
日本歴史地名大系
江戸後半期にはほぼ二五年ごとに遷宮を行った。正応四年(一二九一)熱田社が焼け、直ちに造営にかかった様子が「とはずがたり」にみえるので、まもなく遷宮が行われたこと
17. あつ‐づま【厚褄】
日本国語大辞典
あつづまやなぎ、内大臣殿 こうばい、大宮の大納言殿 まつがさね のこりの人々はいとも見えわかず」*とはずがたり〔14C前〕二「又公卿あつつまにて、殿上人六位かた
18. あま‐そそぎ【雨注】
日本国語大辞典
1001~14頃〕紅葉賀「立ちぬるる人しもあらじあづまやにうたてもかかるあまそそきかな」*とはずがたり〔14C前〕一「神な月のはしめの八日にや、しくれの雨のあま
19. あまだり の 石(いし)
日本国語大辞典
*梵舜本沙石集〔1283〕八・一一「坊主が秘蔵の水瓶を、あまだりの石に打あてて、打破てをきつ」*とはずがたり〔14C前〕五「とかくうかかひて、あまたりの石のへん
20. あら ざらん道(みち)
日本国語大辞典
あの世への道。来世への道。*とはずがたり〔14C前〕四「『必ず近き程に、今一度よ』と承りし御声、あらさらんみちのしるべにやとおぼえて」
21. あん【案】
日本国語大辞典
頃か〕六・四五「一の鹿有て、門を突て入来て、此の経の案の前に立て、頭を挙て舐(ねぶ)る」*とはずがたり〔14C前〕五「みまゐらせつる御影、いらせおはしますなりけ
22. いい‐つよ・る[いひ‥]【言強】
日本国語大辞典
〔自ラ四〕強がって言う。言って奮起する。*とはずがたり〔14C前〕一「例の心弱さは、否(いな)ともいひつより得で、居たれば」
23. 飯沼助宗
世界大百科事典
ている。93年4月,執権北条貞時の手によって父頼綱とともに鎌倉経師ヶ谷に攻め誅せられた。《とはずがたり》の二条と親交があった。稲葉 伸道 平資宗
24. いい‐まぎらか・す[いひ‥]【言紛】
日本国語大辞典
〔他サ四〕「いいまぎらす(言紛)」に同じ。*とはずがたり〔14C前〕五「熊野参りと聞けば、のどかに、この度の下向になど、いひまきらかしてたちぬ」*文明本節用集〔
25. いう にや 及(およ)ぶ
日本国語大辞典
(「や」は反語を表わす係助詞)言うに及ぼうか。言うまでもない。*とはずがたり〔14C前〕一「いふにやをよふ、かかる事やはとも、言ふべきことは」*太平記〔14C後
26. いさまし‐さ【勇─】
日本国語大辞典
い」の語幹に接尾語「さ」の付いたもの)勢いや活気のあること。勇敢なこと。また、その度合。*とはずがたり〔14C前〕三「『ただ今御ふねにめさるるに、まゐれ』とおほ
27. いしかわまさもち【石川雅望】画像
国史大辞典
発揮した。同三年に公事宿譴責一件に連坐して、江戸構えとなり鳴子村に逼塞(この事件は、その著『とはずがたり』に詳しい)。翌年称をかえて江戸の内藤新宿に移る。その閑
28. いし‐の‐とう【石の塔】
仏教語大辞典
河原で石を積み重ねて故人を供養し廻向すること。また、その塔形のもの。 →石塔 とはずがたり 一 「八幡にて一日の大般若、河原にて石の塔、なにくれと沙汰せらるるこ
29. いせ の 祭主(さいしゅ)
日本国語大辞典
伊勢神宮の長官。*紫式部日記〔1010頃か〕寛弘五年九月一五日「大輔 伊勢のさいしゅ輔親が女」*とはずがたり〔14C前〕四「いせのさいしゅがゆかりあるに」
30. い‐たん【一旦】
日本国語大辞典
〔副〕「いったん(一旦)」の促音が表記されなかったもの。*とはずがたり〔14C前〕二「久我あまうへが申状、いたん、そのいはれなきにあらず」*高野山文書‐(年未詳
31. いちじひみつ‐じゅ【一持秘密呪】
仏教語大辞典
尊大威怒王秘密陀羅尼経』、または、『不動尊秘密陀羅尼経』)にみえる不動明王の末偈の一句。 とはずがたり 一 「絵像の不動、御前にかけて、奉仕修行者、猶如薄伽梵、
32. いち‐どう【一同】
日本国語大辞典
也」*古今著聞集〔1254〕五・一七八「『初献は和歌の宗匠つとめらるべし』。満座一同しければ」*とはずがたり〔14C前〕二「などか又、おのおの見つがざりつるぞ。
33. いち‐ろう[‥ラフ]【一臈】
日本国語大辞典
彼の山の一臈をなむ用ける」(2)一般に、年功を積んで長老となった人。最長老。また、集団の筆頭。*とはずがたり〔14C前〕一「すでに、身、正二位大納言、一らう、氏
34. 一休ばなし(仮名草子集) 344ページ
日本古典文学全集
といへども、といふものを、しらずと、とがむるものもしらず。しかれば、釈迦弥陀はよしなのとはずがたりやといふものは、とはずがたりかといひければ、一黙しておりける。
35. いっ‐しょ【一所・一処】
仏教語大辞典
その像)。 無量寿経論釈 二 「言起観者、繫念一処、諦観彼国」 2 同じ所。たとえば、極楽浄土。 とはずがたり 三 「このたび一所に生れて」
36. いつくしまじんじゃ【厳島神社】広島県:佐伯郡/宮島町/厳島
日本歴史地名大系
壇がことごとく焼失したともいわれるが(一代要記)、不明。乾元元年(一三〇二)厳島に詣でた「とはずがたり」の作者二条は「かのしまにつきぬ、まんまんたる波の上に、鳥
37. いつ‐し‐か【何時─】
日本国語大辞典
〔13C前〕一一・文之沙汰「人のかく言ふにおごって、いつしか世を我がままにしたるにこそ」*とはずがたり〔14C前〕一「春のはじめには、いつしかまゐりつる神のやし
38. いと を 引(ひ)く
日本国語大辞典
走井「走井の 小萱刈り収めかけ それに こそ 繭つくらせて伊(イ)と比支(ヒキ)なさめ」*とはずがたり〔14C前〕四「十たんの蓮の茎をたまはりて、極楽の荘厳、織
39. いまよう【今様】
国史大辞典
笛・笙なども用いられた。鎌倉時代に入り、漸次、今様は衰退したが、『吾妻鏡』にある東国武士の賞玩や、『とはずがたり』における後深草院の藤原兼忠への今様伝授などの記
40. いも‐まき【芋巻】
日本国語大辞典
芋巻〓」*とはずがたり〔14C前〕一「いもまきといふ物を、かはらけにいれて」*日葡辞書〔1603~04〕「Imomaqi
41. いや‐ねたみ【彌嫉妬】
日本国語大辞典
〔名〕いよいよひどくねたむこと。たいそうな嫉妬(しっと)。*とはずがたり〔14C前〕二「猶名残り惜しとて、いやねたみまであそばして」
42. いらえ‐がち[いらへ‥]【応勝】
日本国語大辞典
〔形動〕口数多く返事をするさま。*とはずがたり〔14C前〕二「御物かたりなどあるに、いと御いらへかちなるも、御心に合はずや、と思ひやられてをかしきに」
43. いるまがわ【入間川】埼玉県:総論地図
日本歴史地名大系
正安三年(一三〇一)に集成された「宴曲抄」の善光寺修行の道行には「ふかくや思入間川」と歌われている。「とはずがたり」正応二年(一二八九)一二月条に「前には入間川
44. いるまぐん【入間郡】埼玉県
日本歴史地名大系
後者は現川越市的場・伊佐沼、現坂戸市三芳野などに比定する考えがある。鎌倉時代の「信生法師日記」や「とはずがたり」をはじめ、その後も「都のつと」「廻国雑記」「北国
45. いわき ならぬ心(こころ)
日本国語大辞典
非情でない心。人情を解する心。*とはずがたり〔14C前〕一「いは木ならぬ心には、身にかへんとまでは思はざりしかども」
46. 岩淵
世界大百科事典
。東京都の北端に位置し,荒川をはさんで埼玉県川口市と対している。鎌倉後期の女流文学の一つ《とはずがたり》のなかに,〈岩淵の宿といひて遊女どものすみかあり〉と記さ
47. いわぶちごう【岩淵郷】東京都:北区/岩淵宿
日本歴史地名大系
正応二年(一二八九)一二月に対岸の小川口(現埼玉県川口市)に滞在した久我雅忠の娘後深草院二条は、「とはずがたり」に「岩淵の宿といひて、遊女どものすみかあり」と記
48. うい の 眠(ねむ)り
日本国語大辞典
仮の世界に安住して悟りに目ざめないこと。*とはずがたり〔14C前〕五「うゐのねふり一度醒めて、二度故郷へ帰らず」
49. うえ‐くち[うへ‥]【上口】
日本国語大辞典
能々御分別専用候」(2)上段の間。貴顕の人々が出入りするところ。また、上手(かみて)のほうの戸口。*とはずがたり〔14C前〕一「如法夜ふかしとて、うへくちにたた
50. うえ‐ぶし[うへ‥]【上臥】
日本国語大辞典
右大臣殿上人の時、南殿のさくらさかりなるころ、うへぶしより、いまだ装束もあらためずして」*とはずがたり〔14C前〕一「うへふしに参りたるに、夜中ばかりに」
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蜻蛉日記(日本大百科全書・世界大百科事典・日本古典文学全集)
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和泉式部日記(日本古典文学全集・日本大百科全書・世界大百科事典・国史大辞典)
【現代語訳】〔一〕夢よりもはかない人の世、亡き宮様とのことを、嘆きわずらいながら、夜を明かし日を暮しているうちに、四月十日すぎにもなったので、木々の葉陰の闇がしだいに濃くなってゆく。築地の上の草が青々としているのも、他人はことさら目もくれないけれど
成尋阿闍梨母集(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
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讃岐典侍日記(日本古典文学全集・国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
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更級日記(国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
仮名日記文学。菅原孝標女の著。一巻。康平二年(一〇五九)ごろ成立。父の任国上総に伴われた作者が、ひそかに胸に抱いた『源氏物語』への憧憬の気持ちを日記の冒頭に記し、まず寛仁四年(一〇二〇)、十三歳の九月、上総介の任果てて上京する孝標一行の東海道旅の記を綴る。三ヵ月の旅は
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上之巻〔一〕深草の少将の通い車は、小町の実のない情けにのせられた結果であり、吉田の少将が寝間に残した扇は、班女が親方に追放されるもとになり、行平の形見の烏帽子は、松風・村雨に待つ気を起させた
野ざらし紀行(甲子吟行)(日本大百科全書・世界大百科事典)
芭蕉(ばしょう)の俳諧(はいかい)紀行。一巻(一冊)。別名「甲子吟行(かっしぎんこう)」。1685年(貞享2)成立。書名は冒頭の句「野ざらしを心に風のしむ身哉(かな)」による。1684年8月門人千里(ちり)を伴い、芭蕉は深川の草庵(そうあん)を
好色一代男(井原西鶴集)(日本古典文学全集・国史大辞典・日本大百科全書・世界大百科事典)
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とはずがたり(日本古典文学全集)
〔一〕一夜のうちに立春となったことを告げる霞を、今朝はあたかも待ちかまえていて出仕したかのように、女房たちは華やかに着飾り、妍を競って並んでいるので、わたしも人並に御所に出仕した。その時の衣装はつぼみ紅梅だったか、七つ襲に紅の袿
海道記(中世日記紀行集)(日本古典文学全集)
〔一〕白川の辺り、中山の麓で、世を避けて、ひっそりと質素に侘住いをしている者がいる。生れついて才能がなく、能力を得ようとし学芸を習っても身につかない。もともと身の運に恵まれていないのだから、果報のつたなさを恥じ、運命を顧みて
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