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錦帯橋

ジャパンナレッジで閲覧できる『錦帯橋』の日本歴史地名大系のサンプルページ

錦帯橋
きんたいきよう

横山よこやま郭の正面乗越のりこし門前より、にしき川対岸の錦見乗越にしみのりこしへ架けられた五橋の反り橋。横山なか小路と錦見大明だいみよう小路を一直線につなぐ、城下大手の通り筋にあたる。五橋のうち三橋が支柱のない刎橋で、構造の妙と美しさで知られる。岩国橋・十露盤そろばん橋・凌雲りよううん橋・帯雲たいうん橋・五竜ごりゆう橋などの名でもよばれるが、錦川の名にちなむ錦帯橋が一般的である。

この地への架橋は城下町設計当初からの計画で、寛永一六年(一六三九)九月付の橋守の掟書が残るので、錦帯橋架橋以前に橋のあったことがわかる。洪水による流失もしばしばであったらしい。計画は万治二年(一六五九)に始められ、錦帯橋の完成は延宝元年(一六七三)であったが、翌年五月に流失。直ちに再建にかかり、同年一一月に完成し、昭和二五年(一九五〇)まで二七六年間流されることはなかった。

この橋に関する記述は多いが、享保年間(一七一六―三六)に岩国藩の家老であり文人でもあった宮庄親輔の著した「岩邑志」には、次のように記される。

錦帯橋、横山中路門外ヨリ錦見ニ通ズル橋也、是先君城門郎之労〓心功〓所、使〓児玉氏創〓之、其作也、橋数五、前後之二橋ハ尋常之柱橋ニシテ、中間三橋ハ河中ニ石台四有テ、石台ヨリ又向ノ石台ニ至テ柱無シ、唯虹如〓〓天、竜似〓〓雲、異朝人此美景ヲ賞シテ錦帯ト号、又凌雲橋、凸凹橋トモイヘリ、皆形容ヲ以テ名ク、蓋毎橋長サ廿間程、横二間半、ソリ高サ二間余、惣長百二十間

錦帯橋の特徴は、中の三橋を支柱のない木造のアーチとし、支間二〇間を無脚で渡したところにある。反りの高さ二間半、橋幅も二間半、その間に五列の拱肋を等間隔に配置、各拱肋は半径間一一本の桁が、橋台内の隔石へだていしから順次に楔を挟んで重なりながら刎ね出し、反りの中央で他の半径の一一番目の桁と接続する。その接続部に大小の棟木を補充して放物線状に拱形を構成し、要所を鉄の帯で巻き締め、拱肋が一本のばねとして応力を受けるようにしてある。その五条の弾性アーチが反り橋の主体であり、そして各桁の先端と末端を梁が横に貫き、次の桁の刎出しと刎出しの支えをしている。なお拱肋の補強のため、鞍木・肋木たすけ・筋違木などが考案・施工されている。

錦帯橋の成功の半ばは橋台基礎部にある。河床下一間余の所に生松の丸太を亀甲形に組み合せた編木を敷き、その上に周囲石垣を河床上二間半から三間積み上げ、内側に割栗石わりくりいしを詰め込んだものである。その平面は紡錘形で、河床面で長さ六間半、幅三間余、洪水時の水勢に応じるため、上に行くほど小さくなっている。なお橋台を増水時の洗掘から守るために、橋台周囲ばかりでなく、付近の河床全面に敷石を張り詰めて、河底が掘られるのを防止している。

橋の保護には補強部材の考案や敷石の拡充ばかりでなく、橋出米はしだしまいと称する目的税が、地方にも武家地・町地にも賦課された。これは橋の維持費にあてられ、町地には表家は間口一間について米五合、横借家は二間について七合五勺の割合であった。

昭和二五年九月のキジア台風で流失。同二八年に復元。国の名勝に指定されている。

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検索コンテンツ
1. 錦帯橋
日本大百科全書
山口県南東部、岩国市の錦(にしき)川(岩国川)に架けられた橋。5個の反り橋からなる木造橋で、日本三奇橋の一つとして知られ、国の名勝にも指定されている。橋の創建は ...
2. 錦帯橋[百科マルチメディア]
日本大百科全書
国指定名勝 山口県岩国市 〓一般社団法人山口県観光連盟 ...
3. 錦帯橋
世界大百科事典
山口県岩国市の錦川にかかる木橋。〈きんたいばし〉とも呼ばれる。太鼓橋の形をした5連の桁のうち,中央の3連は世界でも珍しい木造アーチ橋である。両端の各1連は桁橋で ...
4. きんたい‐きょう【錦帯橋】地図
デジタル大辞泉
山口県岩国市の錦川に架かる橋。五つの木造アーチ橋を四つの橋台に連ねたもので、力学的にすぐれる。日本の三奇橋の一。延宝元年(1673)に創建され、昭和25年(19 ...
5. きんたい‐きょう[:ケウ]【錦帯橋】
日本国語大辞典
山口県岩国市、錦川の下流にかかる橋。五連のアーチ型で木造。延宝元年(一六七三)岩国藩主吉川広嘉(きっかわひろよし)の考案により創設。昭和二五年(一九五〇)に流失 ...
6. きんたいきょう【錦帯橋】山口県:岩国市/岩国城下/川原町
日本歴史地名大系
名でもよばれるが、錦川の名にちなむ錦帯橋が一般的である。この地への架橋は城下町設計当初からの計画で、寛永一六年(一六三九)九月付の橋守の掟書が残るので、錦帯橋架 ...
7. きんたい‐ばし【錦帯橋】
日本国語大辞典
「きんたいきょう(錦帯橋)」に同じ。 ...
8. きんたいばし【錦帯橋】
国史大辞典
山口県岩国市の岩国川(錦川)にかけられた木造五連のアーチ橋。岩国藩主吉川広嘉の考案により、延宝元年(一六七三)に完成した。最初の橋は翌年洪水で流失したが、ただ ...
9. 錦帶橋(きんたいばし)
古事類苑
地部 洋巻 第3巻 346ページ ...
10. 錦帯橋の構造[百科マルチメディア]
日本大百科全書
径間のアーチは約35m。せり持ち式構造で、いくつもの木材が緻密(ちみつ)に組み合わされている 〓Shogakukan ...
11. いわくにきんたいきょう‐くうこう【岩国錦帯橋空港】
デジタル大辞泉
岩国空港(岩国飛行場)の愛称。  ...
12. 歌川広重『六十余州名所図会 周防 岩国錦帯橋』[百科マルチメディア]
日本大百科全書
1853年(嘉永6) 国立国会図書館所蔵 ...
13. 赤松則良半生談 幕末オランダ留学の記録 43ページ
東洋文庫
に泊り、大裡から船で下の関に渡り、阿弥陀寺に参詣、岩国へ回っては錦帯橋を見物し、玖波から船で宮島に立寄り、播磨路では鵤宿から街道を右に入って網干へ赴き、実祖父赤 ...
14. 赤松則良半生談 幕末オランダ留学の記録 57ページ
東洋文庫
遣し具足両掛 斗船に積駕籠は見斗ひ何れとも宜く、同役申合之事。 但船賃は相払候事。一、防州岩国錦帯橋見物に廻り候ハ.・壱里程の廻り道也。一、宮市泊に相成候ハぐ ...
15. アーチ橋
日本大百科全書
い。日本にも長崎の眼鏡橋(めがねばし)(1634年架設、1982年の豪雨で一部破損)、岩国の錦帯橋(きんたいきょう)(1673年架設)など数多くのアーチ橋がある ...
16. 岩国(市)
日本大百科全書
含む小瀬川三角州に先進的な石油化学コンビナートが成立した。旧城下町の横山、錦見地区は国の名勝錦帯橋(きんたいきょう)を中心に吉香(きっこう)公園、再建された岩国 ...
17. 岩国[市]
世界大百科事典
ち早く小瀬川三角州に石油化学コンビナートが成立した。旧城下町の横山・錦見(にしみ)地区は名勝錦帯橋や武家屋敷,復元岩国城をもつ特色ある観光地となり,臨海工業地の ...
18. いわくに【岩国】地図
デジタル大辞泉
、明治以後は繊維工業地として発展。臨海地帯は第二次大戦後、石油化学コンビナートが成立。錦川に錦帯橋が架かる。天然記念物シロヘビの生息地。南部に古くから茶会の水と ...
19. いわくに[いはくに]【岩国】
日本国語大辞典
江戸時代は吉川(きっかわ)氏六万石の城下町。綿縮(岩国縮)・岩国半紙を産し、明治以後は繊維業を中心に発展。錦帯橋がある。昭和一五年(一九四〇)市制。磐国。石国。 ...
20. いわくにじょうか【岩国城下】山口県:岩国市
日本歴史地名大系
たが、中期以降間口割に変更されている。ほかに「橋出米」と称する、延宝元年(一六七三)にできた錦帯橋の維持費が、町地全部に賦課されている。町方の規制法には町中掟が ...
21. 岩国藩
世界大百科事典
明倫館にならって養老館を設置,また,幕府と本藩との間を周旋した。第2代広正の創意でつくられた錦帯橋は有名である。田中 彰 吉川(きつかわ)氏 岩国領 吉川広家  ...
22. いわくに‐ひこうじょう【岩国飛行場】地図
デジタル大辞泉
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23. おだいまち【小田井町】兵庫県:豊岡市/豊岡町
日本歴史地名大系
四)の頃藩主京極高住が再掘削したと伝える。天保九年(一八三八)周防国岩国(現山口県岩国市)の錦帯橋を模して堀川橋を架橋、算盤橋とよび、六地蔵村とを結んだともいう ...
24. 甲子夜話三篇 4 225ページ
東洋文庫
熊本を経て海に 入。合周防。 錦川。 水上、石見周防の国界より出、街道を貫流して、 岩国にて錦帯橋の下を流れ、末は今津に至りて海 に入。合薩摩。 千代川。 水上 ...
25. 甲子夜話続篇 5 196ページ
東洋文庫
柴田勝家所レ作云。亦壮。錐レ然、神通川為二第コ合橋之長者、岡崎矢矧橋、長二百八間。巧者、周防岩国錦帯橋。如一一漢土橋→長崎目鏡橋。危者、甲州猿橋。高者、越中相本 ...
26. 甲子夜話続篇 7 77ページ
東洋文庫
還憶武城辺けふは程近く、巌国山の東御荘といへるにやどる。廿六日 けふも夜ぶかく宿を出。こ、は名にあふ錦帯橋の近くなれば、きのふみちすがら路程をき、たるに、宿りせ ...
27. 甲子夜話続篇 7 78ページ
東洋文庫
、日高く駅舎に入ぬ。されどもきのふ覧ざりし念残たれば、聞ぬるあらましを輿の中にて書つく。かの錦帯橋とは、ほとりの山に楓の樹多く、秋のちしほに染し頃は、其影水に沈 ...
28. かわらまち【川原町】山口県:岩国市/岩国城下
日本歴史地名大系
少し遅れて慶安元年(一六四八)にでき、同四年の検地で初めて家数二三軒が町地として登録された。当時は錦帯橋がなく、洪水の時町方の錦見町への渡舟が絶えて武家の生活が ...
29. き‐きょう[:ケウ]【奇橋】
日本国語大辞典
*日本の橋〔1936〕〈保田与重郎〉「三つの奇橋として古来著名の木曾桟橋(かけはし)や猿橋、それに岩国の錦帯橋は現存してゐるのである」キキョー ...
30. きっかわひろよし【吉川広嘉】
国史大辞典
橋脚の構造に工夫をこらして水圧を緩和し、その上に五個の反橋を連ね、十月三日渡初式を行なった。今日の錦帯橋がそれである。翌年五月の洪水で橋台が破損し、中央の三橋が ...
31. きっかわ-ひろよし【吉川広嘉】
日本人名大辞典
製紙業興隆につくし,大坂中之島に蔵屋敷をもうけ販路を拡大するなど経済振興につとめる。延宝元年に錦帯橋をつくった。延宝7年8月16日死去。59歳。初名は広佳,広純 ...
32. 吉川広嘉[文献目録]
日本人物文献目録
【書誌】:0件 【図書】:0件 【逐次刊行物】:1件 『錦帯橋の創案者吉川広嘉卿の人物事業』横山健堂 ...
33. きばむら【木場村】兵庫県:姫路市/旧飾磨郡地区
日本歴史地名大系
築き、三本の反橋を架けた三ッ橋とよばれる橋があり、その姿が周防岩国(現山口県岩国市)の錦帯橋に似ているため小錦帯橋ともよばれ、「室津・高砂すべて浜通りの往来の咽 ...
34. 金谷上人行状記 ある奇僧の半生 48ページ
東洋文庫
さて秋とともに宮島を立ち、山形というところへ着船。それから二里行って関戸の駅、左へ一里入れば防州岩国。名だたる錦帯橋は長さ百二十間、幾個の虹をつらねたごとき太鼓 ...
35. 金谷上人行状記 ある奇僧の半生 188ページ
東洋文庫
中案内には記 す。江漢も厳島見物ののち、錦帯橋を見物した。 「橋は廿五間の橋五つ掛かる。中三つは橋杭無し。 河幅百二十五間なり。錦河に掛かる故に錦帯橋と 名づく ...
36. きんせい【近世】 : 橋
国史大辞典
肘木橋として有名な越中国の愛本橋は寛永三年に設けられ、代表的な木拱橋として知られる周防国岩国の錦帯橋は、延宝元年(一六七三)岩国藩主吉川広嘉により創設された。  ...
37. 江漢西遊日記 81ページ
東洋文庫
北の方は石見の国也。橋は廿五間の橋、五つ掛る。中三つは橋杭なし。河巾百二十五間なり。綿(錦)河に掛る故に錦帯橋と名く。俗にソロバソばしと云。橋の裏、ソロバソに似 ...
38. 江漢西遊日記 239ページ
東洋文庫
期であった(『岩国市史』)。冗 錦帯橋延宝元年(一六七三)、吉川広嘉によ って創建された。日本三大奇橋のひとつ(上図)。一δ 独立 中国からの帰化僧。寛文四年 ...
39. 江漢西遊日記 307ページ
東洋文庫
一ヵ月余滞在後、平戸を経て生月島に渡り、捕鯨を見て越年。この年すでに妻子あり。「厳島神社図」「錦帯橋図」「下関図」「西坂より長崎を見る図」(洋風画)、「吉雄耕牛 ...
40. 江漢西遊日記 308ページ
東洋文庫
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41. こうぞう【構造】 : 橋
国史大辞典
構造的には桁橋の変形である。これに対し、日光の神橋、山梨の猿橋などは橋台に橋桁の元を埋めこんだもので、岩国の錦帯橋は橋台に埋めこんだ材の上に順次に材を重ね、その ...
42. 慊堂日暦 3 31ページ
東洋文庫
諸生は出でて城に入り英仙を送る。晩、諸生は蕎菊条を作り、余の室に就いて会食す。天は陰って月なし。岩国の錦帯橋は、橋の西山の楓樹極めて盛んにして水に映じ、錦橋がこ ...
43. 慊堂日暦 3 57ページ
東洋文庫
栄吉・吉五来り、小池成る。藤を池東に移し、暑を迎うるの具ほぼ完し。玄齢来る。春水老人来る。余は為めにその錦帯橋図に題す。 曾って経たり岩国邑城の辺、地は堺け虹橋 ...
44. 西遊草 清河八郎旅中記 94ページ
東洋文庫
惜しまずに立舟(特別仕立ての舟)にお乗りなされ」と言ってくれるので、四十石船でここから宮島を回り錦帯橋に行って引き返し、備前田の口まで送りとどけ、その船賃を一両 ...
45. 西遊草 清河八郎旅中記 103ページ
東洋文庫
る大豫の者はない。昔名高い大将であった吉川元春の子孫である。 錦帯橋というのは城に往来する橋である。錦川に掛かっているので、錦帯橋と名づける。錦川は流れが急で、 ...
46. 西遊草 清河八郎旅中記 104ページ
東洋文庫
その半ばにも足りない。まして宮島に参る者は全くないのであるが、幸い母は宮島はいうまでもなく、錦帯橋も残るところなく回り、万事都合がよかったので私の喜びも限りがな ...
47. 西遊草 清河八郎旅中記 244ページ
東洋文庫
都合よく済ませ、ついで京都・大坂の細かなところまで残らず見物し、讃岐の金毘羅から安芸の厳島を回り、岩国の錦帯橋の遠きに及び、その上大江山・天の橋立の片田舎まで探 ...
48. 三奇橋
世界大百科事典
日本の古橋の中でとくに構造的に変わったものとしてあげられてきた岩国(山口県)の錦帯橋,甲斐(山梨県)の猿橋,黒部(富山県)の愛本橋をいう。愛本橋の代りに木曾の桟 ...
49. さん‐ききょう【三奇橋】
デジタル大辞泉
日本の橋のうち、構造が変わっていて珍しい三つの橋。特に、山口県岩国川の錦帯(きんたい)橋、山梨県桂川の猿橋(さるはし)、富山県黒部川の愛本(あいもと)橋(昔のは ...
50. さん‐ききょう[:キケウ]【三奇橋】
日本国語大辞典
〔名〕その構造に特色のある三つの橋。特に、山口県錦川の錦帯橋、山梨県桂川の猿橋(さるはし)、富山県黒部川の愛本(あいもと)橋を合わせていう。日本三奇橋。サンキキ ...
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一条戻橋(日本歴史地名大系・世界大百科事典)
[現]上京区堀川下之町堀川の一条大路に架かる橋。古代・中世を通じて京域の境とされ、また橋占を行う場所として多くの伝承を生んだ。「権記」長徳四年(九九八)一二月二五日条に「自〓上東門〓東行、至〓万里路〓更北行、自〓戻橋路〓、出〓鴨下御社西堤下〓」とあるのが初見。
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横山郭の正面乗越門前より、錦川対岸の錦見乗越へ架けられた五橋の反り橋。横山小路と錦見大明小路を一直線につなぐ、城下大手の通り筋にあたる。五橋のうち三橋が支柱のない刎橋で、構造の妙と美しさで知られる。岩国橋・十露盤橋・凌雲橋・帯雲橋・五竜橋などの名でもよばれるが、錦川の名にちなむ錦帯橋が一般的である。
猿橋(改訂新版・世界大百科事典)
山梨県大月市の東郊,相模川の支流桂川の渓谷にかかる木橋。〈えんきょう〉ともいう。創建の時期は明らかではないが,きわめて古いと推定され,1226年(嘉禄2)にはすでに文書に記録が見られる。両岸から4層に順次張り出した刎木の上に木の橋桁を渡し,刎木の他端は地中に埋め込まれ,安定を保っている。
三奇橋(改訂新版・世界大百科事典)
日本の古橋の中でとくに構造的に変わったものとしてあげられてきた岩国(山口県)の錦帯橋,甲斐(山梨県)の猿橋,黒部(富山県)の愛本橋をいう。愛本橋の代りに木曾の桟あるいは祖谷(徳島県)のかずら橋を入れる説もあるが,桟はけわしい崖に沿って板をかけ渡した橋で,構造的には上述の諸橋ほどの特色はない。
愛本橋(日本歴史地名大系)
黒部四十八ヵ瀬の交通の難を緩和するため、寛文二年(一六六二)加賀藩五代藩主前田綱紀は峡口相本に特殊な形態の橋を架けさせ、地名の用字も愛本と改めさせた。橋脚を用いず、両岸から橋材をせり出し、組合せた構造の橋を刎橋という。愛本橋は刎橋として日本一の規模で、日本三奇橋の一つといわれた。


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